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【皇孫御誕生記念こども博覧会】ではじまる昭和レトロおもちゃの歴史

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子ども博覧会

 

出展:まぼろし博覧会

今年2019年、長年親しんだ「平成」が新元号に変わります。

平成31年は4月30日まで。5月1日からは新元号になります。2020年には東京でオリンピックも開催され、新元号に変わった日本を盛り上げていくことになりますね。

平成の前の元号、昭和がはじまった1926年にも、大きな博覧会が東京と京都で開催されました。

「子ども」をテーマにした博覧会「皇孫御生誕記念こども博覧会」です。

 

「皇孫御生誕記念こども博覧会」は、1月13日から2月14日までの33日間、東京の上野公園不忍池畔で開催されました。

また、同年7月1日から8月20日までの51日間,京都の岡崎公園でも開催されました。

厳密に言えばまだ大正15年。1926年は昭和元年ではありますが、昭和の始まりは12月25日から。

1926年最後の1週間が昭和元年となります。

昭和は64年と歴代元号の中で最長ですが、昭和最後の64年も1月7日まで。昭和元年と64年が共に1週間のみになりますね。

 

そんな長い昭和の始まる1年前、1925年(大正14年)12月6日、皇太子(のちの昭和天皇)の第一皇女である照宮 成子内親王が誕生、これを記念して開催されたのが「皇孫御生誕記念こども博覧会」です。

「子ども」をテーマとした博覧会で、東京と京都で開催されています。

当時、皇室の慶事を記念した博覧会が開催されるのは、めずらしいことではありませんでしたが、「子ども」というテーマに絞り込んだ博覧会が開催されることは非常に稀でした。

 

民間企業が主催者となった子ども博覧会

新聞この「皇孫御生誕記念こども博覧会」の主催者は、東京日日新聞社(大阪毎日新聞社)という民間企業でした。

日露戦争後の新聞社は、読者獲得競争の中、販売促進をはかるために様々な事業を展開していました。博覧会もその一つで、紙面で「子ども」「家庭」といったテーマを取り上げる一方、博覧会でも「子ども」をテーマとして取り上げて行きます。

明治から子どもをテーマにする博覧会は、自治体や教育関係団体ばかりでなく、百貨店などの民間企業も多く含まれていました。

子どもをターゲットとした、家族連れを狙ったビジネスは、この頃からすでに行われていたんですね。

 

「皇孫御生誕記念こども博覧会」入場者数と規模

サイフォン

「皇孫御生誕記念こども博覧会」の入場者数は、33日間で46万人を超えたとされています。

入場料は1人50銭。6歳以上12歳未満は25銭,50人以上の団体は2割引、6歳未満の子どもは無料でした。

当時、大卒の初任給は50円なので、入場料はかなりお高い感じだったのではないでしょうか?

ちなみにコーヒー1杯、うどん・そば1杯の値段は10銭程度です。

 

「皇孫御生誕記念こども博覧会」展示内容

娯楽施設

気になる博覧会の展示内容は、どのようなものだったのでしょうか?

東京パビリオンは「おもちゃ館」「きもの館」「教育館」「運動館」「栄養館」「母の家」「こどもの部屋」にわかれていて、売店や娯楽施設が設けられていました。

娯楽施設で人気だったのが「迷宮春の園」。パノラマやジオラマに鏡やガラスを組み合わせてつくられた迷路になっていました。また、回転する台の上の紙やおもちゃの魚を釣り上げて賞品をもらう「宝つり竜宮城」も人気アトラクションだったそうです。

別館で「照宮記念館」が設置され、明治天皇が幼い頃に愛用した「木馬の御運動具」や、照憲皇太后が幼い頃に愛玩した「御雛人形一組」など、皇族が子ども時代に愛用した品や子ども時代の作品が展示されていました。

京都は3会場に別れていて、第一会場は「こどもと母の家」「運動館」「工芸館」「きもの館」「電気館」「おもちゃ館」「栄養館」「教育館」、娯楽施設には「こども動物園」「北極館」「海底館」「こども遊園」がありました。

第二会場には「こども汽車」「こども馬場」などの娯楽施設と「児童健康相談所」、第三会場には「照宮記念館」が設置されました。

 

現代でも十分に通用しそうな内容ですね。パビリオンの写真は残念ながら見つかりませんでしたが、どれも私たちが子どものころに体験したような感じですよね。

日本人は歴史的に子どもを大切にする文化があり、その歴史が脈々と現代にも受け継がれています。

昭和の始まりも、そんな子どもをテーマにしたおもちゃや遊びの博覧会で幕を開けたのです。

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