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紙芝居屋の正体とは一体?!紙芝居の歴史に迫る~誕生からデジタル時代まで

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紙芝居屋

紙芝居の最盛期は昭和初期から昭和30年ごろまで。大きな箱を自転車の乗せて、紙芝居屋のおじさんが街中に現れます。

おせんべいや水あめを食べながら、子どもたちはおじさんの紙芝居に夢中になりました。

テレビもインターネットもない昭和初期、漫画も今のようなカタチではありませんでした。そんな時代、紙芝居は子どもたちの間では最大の娯楽だったのです。

場面ごとの絵を見せながら物語を語る、私たちの良く知る「紙芝居」の形が生まれたのは昭和5年。

同年「黄金バット」の登場で、紙芝居が大ブームになります。

日本独自の文化にまでなった紙芝居、昭和5年に登場する前には、どんなカタチだったのでしょうか?そして、街頭から消えてしまった紙芝居、今はどのような形で残っているのでしょうか?

そして、紙芝居屋のおじさんの正体って?!

 

紙芝居のルーツに迫る!江戸庶民が楽しんだ「写し絵」って?

紙芝居のルーツは、江戸時代に流行った「絵解き」「のぞきからくり」などと諸説あるようですが、今回は通説になっている「写し絵」説を中心にお伝えしていきます。

ちなみに「絵解き」は、仏画や絵巻などの絵を口頭で説明することで、平安末期以降これを職業とする人が現れました。江戸時代には大道芸として定着したようです。

「のぞきからくり」は、江戸時代にオランダから渡来したもので、のぞき穴のある箱の中にストーリー仕立てにした数枚の絵が仕掛けられていて、口上に合わせて絵が入れ替わっていくという仕掛けになっています。

人々がレンズ越しに箱を覗くと、箱の中の絵が拡大されて見えます。

このような江戸時代の娯楽が、紙芝居に影響しているという説もありますよ。

 

アニメーションの原点とも呼ばれる写し絵

写し絵は、江戸時代に寄席芸として大流行しました。

その内容は、ガラス板に描いた絵を幻灯機を使って、和紙で作られたスクリーンに映写するというものです。

え?そんなの江戸時代にあったの?驚きですよね。

しかもこの写し絵、絵が動いているように見せる技術を使っていたんです。イメージとしてはパラパラ漫画。数パターンの絵を用意していてそれをパラパラ漫画のようにして映し出すんです。

幻灯機も1つだけではなく、背景用、人物用など何台もの幻灯機を駆使していたようです。口上のほかに効果音なども使用して、かなり大掛かりな見世物だったんですね。

演目は、歌舞伎や文楽などから題材をとっていて、江戸の庶民を熱狂させていたんです。

 

明治時代映画の登場で写し絵が消えていく・・・

立ち絵紙芝居

出展:雑芸雑報

明治中期に入ると、日本にも映画が登場してきます。

映画の登場によって写し絵は衰退、写し絵で生計を立てていた人々は困り果ててしまいます。

もともとガラス板に描かれていた写し絵は、制作に時間と人手がかかります。そこで、原画を描いていた絵師(新さん)がガラスを紙に替えて描き始めました。

写しえの興行師、丸山善太郎が絵師新さんの絵に着目し、「立ち絵紙芝居」を考案しました。

この「立ち絵紙芝居」は、竹串に14~15cmの切り抜いた絵を貼りつけ、舞台で一人で動かすというものです。

しかし、江戸時代の華やかな娯楽「写し絵」と「立ち絵紙芝居」はスケールが全く違います。そこで、大きな舞台は諦め、縁日など小さな舞台で興行を始めるようになりました。

これが、現在残る紙芝居のルーツです。現在の紙芝居は「立ち絵紙芝居」と区別するために「平絵」と言われているのは、このためです。

 

紙芝居はどうやって見物していたの?見物料はタダ?

紙芝居

昭和初期から昭和30年にかけて大人気だった紙芝居屋。紙芝居を見るために、子どもたちには何が必要だったのでしょうか?紙芝居屋の正体って?

紙芝居屋は、街中に自転車でやってきます。いきなり物語を始めるわけではありません。見物料をいただかなければ、商売にはなりません。

紙芝居屋は子どもたちにチケットを販売するのではなく、飴を売っていました。飴を購入すれば、紙芝居が見られるのです。

そして、その飴は紙芝居見物の「おまけ」ではなく、紙芝居が人寄せに使われている道具、つまり紙芝居の方が「おまけ」だったのです。

 

紙芝居屋の正体・・・それは

カンのいい方はもうお分かりだと思いますが、紙芝居屋の正体は実は「飴屋」です。

紙芝居は飴を売るための「おまけ」としての位置でした。紙芝居屋は芸人ではなく、行商人だったんです。

最初は棒飴を売っていましたが、水あめやせんべいなどの駄菓子も販売するようになり、お菓子のバリエーションも増えていきました。移動駄菓子店ですね。

飴屋は江戸時代から、割と派手なスタイルで行商をしていました。鳴り物を使って派手に客寄せしたり、からくり人形で人寄せしたりと人の注目を集めるのがお得意だったんです。

江戸時代、明治と全国に広がっていった飴の行商は、昭和初期まで見られた商売でした。それが、紙芝居屋のルーツなんですね。

 

紙芝居はデジタルの時代へ「デジタル紙芝居」の登場

物語のシーンに合わせて紙に描かれた絵をめくっていく。現在でも保育園や幼稚園に、紙芝居は多く取り入れられています。

レトロイベントなどでも紙芝居おじさんは復活して、その姿を見ることができますね。

そして、現在パソコンなどで見ることができる、デジタル化された紙芝居が登場しました。電子紙芝居とも呼ばれる現代の紙芝居は、プロジェクターなどを使って、スクリーン投影することも可能です。

アニメーションとは一味違った感覚で、体験できる娯楽になっています。アニメーションの早い動きについていくのが難しい、高齢者の娯楽として、昔の紙芝居を手軽に体験できる子どもたちへの娯楽・教育としても利用されています。

アニメーション制作会社でも制作に力をいれていて、アニメよりも手軽に低価格で作成できるので、人気があるようです。

参考:「デジタル紙芝居」、昔ながらのレトロな「紙芝居」両方を制作している会社

 

昭和初期、子どもたちの娯楽の王様だった紙芝居、現代はレトロな紙芝居も残る中、デジタル紙芝居として生まれ変わっていました。

あの頃の、なつかしい紙芝居、もう一度体験してみたいと思いませんか?

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